産経新聞 2014年2月7日 ひょうご この人あり 焼き鳥店「じゅげむ」オーナー 山﨑哲さん(45) ㊦

「唐揚甲子園」実現させたい

 居酒屋で見つけたメニューをヒントに、手羽中を2つに割った空揚げをニンニクのタレにつけて食べる「甲子園ヒーロー揚げ」を売り出し、手応えをつかんだ山﨑哲(45)は同時に、限界も感じていた。「ご当地グルメ」として大々的に発信したいが、周辺の店には一向に広まる気配がない。市や商工会議所にも相談したが、打開策は見いだせなかった。
 転機になったのは、平成23年4月に開催された「甲子園はしごバル」だった。実行委員長を引き受けた山﨑は甲子園球場周辺の飲食店を1軒ずつ訪ね、参加を呼びかけた。地元を盛り上げようと活動する姿が共感を呼んで賛同の輪が広がり、イベントは成功に終わった。この時、山﨑は自ら動くことの重要性に気付いた。「店で出してもらえないか、頼んでみよう」。発想を転換し、参加店を回って手羽中の下ごしらえの仕方を教えた。
 甲子園ヒーロー揚げには、3つの決まりがある。片手で食べやすい、手羽中の2つ割りスタイル▽サクサクの衣▽ニンニクのタレ。これさえ満たせれば、下味や揚げ方は、それぞれの店の独自性に任せている。全国を旅行したり「B-1グランプリ」を視察したりする中で、ご当地グルメを食べ歩いた山﨑は、「『あそこがおいしい』『ここがおいしい』という食べ比べの楽しみが、ご当地グルメの魅力。だから、『どこの店も同じ味』にならないようにすることが大切」と力を込める。
 すし店、そば店、中華料理店…。イベントで培った信頼関係が生き、甲子園ヒーロー揚げを提供する店は9店となった。散策してもらおうと各店を紹介するマップも作り、ご当地グルメとしてのPRに本腰を入れた。
 こうした取り組みが注目を集めるにつれて、メディアで取り上げられる機会も増え、24年度には県と県物産協会が全国に向けてPRする県内の特産品「五つ星ひょうご」に選ばれた。西宮市の体験型観光イベント「西宮まちたび博」では、親子連れに甲子園ヒーロー揚げの作り方を教えるプログラムも開催。昨年は、家庭でも店の味を楽しめるように冷凍商品も発売した。
 甲子園ヒーロー揚げが名実ともに、ご当地グルメの仲間入りを果たしたことで、講演や物産展などへの出店の依頼も相次いだ。開業を目指す人を対象にしたセミナーで講師を務める際は、店を長続きさせるために、経営者としてすべきこと、してはいけないことを失敗談も交えて惜しみなく伝えている。
 店では、かつての自身のように独立開業を目標とする若者を雇い、仕入れの一部や帳簿付けを任せて経営感覚を磨いている。3年間でノウハウを身に付け、一人前にして送り出すというシステムを取り入れ、後進の指導にも力を入れている。
 山﨑は、高校球児や阪神ファンの聖地・甲子園球場に近いという地の利を生かし、全国各地の空揚げを集めた「唐揚甲子園」を実現しようという計画を温めている。飲食店に出店を呼び掛けるほか、一般部門も設け、投票によって順位を決める予定だ。昨年11月には、空揚げが好きな人たちで組織する「日本唐揚協会」(東京)にも足を運び、協力を申し入れた。
 「だれもが知っている『甲子園』を生かして地元を盛り上げ、頑張っている人たちに夢や目標を与える場にしたい」。山﨑は今、甲子園ヒーロー揚げを広めるきっかけとなった偶然の出合いに感謝している。
(文中敬称略、この項は吉田智香が担当しました)

「甲子園ヒーロー揚げ」をPRする「チキン大佐」にふんする山﨑哲さん=西宮市甲子園七番町