産経新聞 2014年2月4日 ひょうご この人あり 焼き鳥店「じゅげむ」オーナー 山﨑哲さん(45)

 「西宮のご当地グルメ、甲子園ヒーロー揚げ。おいしいよ」。1月28日、神戸らしい商品を発掘し、全国に向けて発信する「神戸セレクション.7」(神戸市産業振興財団主催)の内覧会が開かれた神戸ファッションマート(神戸市東灘区)でPRする焼き鳥店「じゅげむ」のオーナー、山﨑哲(45)の姿があった。鮮やかな水色のTシャツに鶏の顔を模したヘルメットという格好は、会場でひときわ異彩を放っていた。
 からっと挙げた手羽中をニンニクだれで味わう「甲子園ヒーロー揚げ」。甲子園球場(西宮市)周辺の飲食店で販売されているご当地グルメ。これが平成25年度の認定商品に選ばれたのだった。
 焼き鳥店の経営に携わるようになって20年。山﨑は「やっとここまできたか」と感慨を新たにしつつも「全国の人に、いや世界の人に食べてもらいたい」と想像をめぐらせていた。

「自分の店を」膨らむ独立の夢

 太平洋に面し、漁業が盛んな高知県中土佐町で4人きょうだいの長男として生まれた。キャンプなどアウトドア好きな父親の影響もあり、小学校時代から自転車で隣町へと出掛けた。行動範囲が広がる中学生になれば、さらに遠くへ。高校生になると、かき氷売りのアルバイトで資金をためてミニバイクを手に入れ、四国や九州を巡る旅に出た。一人のときもあれば、友人が一緒のこともあり、旅先ではテントに宿泊した。「スーパーや市場で地元の食材を買って自炊するのが、楽しみだった」と懐かしむ。
 高校卒業後は、陸上自衛隊に入隊。配属されたのは、伊丹駐屯地(伊丹市)に拠点を置く中部方面通信群第104通信運用大隊。情報をやりとりする際の暗号の組み立てや解読が主な任務だった。休みになると、奈良や京都に足を延ばした。
 当時はバブル景気のまっただ中。「自分の店を持ちたい。一旗揚げて、弟や妹を呼び寄せたい」。独立したいという気持ちが次第に膨らんだ。時間の融通が利き、好きな時に旅に出られるかもしれないという期待感も後押しになった。
 陸上自衛隊では、隊員用に大量の食事を作る調理場で勤務することもあった。トマトをくし形に切る、キャベツをスライサーでひたすら千切りにする―といった下ごしらえだけで終わる日も珍しくなかった。調理師免許を取得し、4年間の自衛隊生活に別れを告げた。
 除隊後は化学薬品製造会社に勤める傍ら、夜はフランス料理店や割烹料理店でアルバイト。仕事が終わった後、店の先輩と飲み歩く仲となった。
 「自分の店を持ちたいな」。神戸市の焼き鳥店で先輩と2人で夢を語り合っていると、店の関係者から「ちょうど、新しい店をオープンするから働いてみるか」と誘いの声が。これが焼き鳥店経営の道に足を踏み入れる契機となった。「フランス料理や日本料理は、一人前になるのに時間がかかる。焼き鳥なら早く独立できる」という思惑もあった。
 貪欲に修行に打ち込む日々が始まった。人より早く店に出て、誰もが嫌がる掃除などを率先して引き受けた。開店前には出入り業者の荷降ろしや店内への運び込みを手伝い、任された仕事を早めに片付けると、新たな仕事を覚えた。ポケットには常にスプーンとメモ帳、ペンをしのばせ、気付いたことを書き留めた。自宅には調味料をそろえ、店の味を再現しようと試行錯誤した。鶏肉の加工場も見学し、さばき方を覚えた。
 原動力となったのは、独立したいという一心だった。 (文中敬称略)

陸上自衛隊に所属していたころの山﨑哲さん=昭和63年撮影(本人提供)

やまさき・あきら 昭和43年、高知県生まれ。高校卒業後に陸上自衛隊に入隊し、調理師免許をはじめ、さまざまな資格を取得。除隊後、焼き鳥店などでの修行を経て独立する。焼き鳥店「じゅげむ」のオーナー。甲子園球場周辺の飲食店とともに、揚げた手羽中とニンニクだれが特徴の「甲子園ヒーロー揚げ」をご当地グルメとして販売する取り組みに力を入れる。イベントや物産展では鶏のかぶり物をした「チキン大佐」の格好で登場し、人気を集めている。